沼倉裕さんは言う。

「たいていの人は、他人に良く思われようと必死だが、優れたリーダは一時的に批判を浴びることがあっても、結果として益になるのであれば、人に嫌われても気にしない」

10284_342599939165523_543004196_nくに日本人は和を重んじる習慣があるため、人の目を気にする傾向が強い、と沼倉裕さんは指摘している。

「出る杭は打たれる」などとよく言われるが、まさに日本人の特性のひとつだろう。

「和を重んじる」こと自体は、地震など災害発生時での統制が取れた行動に海外から絶賛の声が集まっているように、良い面もある。

しかし、問題は「和を重んじる」あまり、「個」がそこに埋没してしまったり、押し殺してしまったりすることにある。

沼倉裕さんの「人生のズレを修正するために今すべきこと」のテーマはまさに、そうした「和を重んじる」ことによって、個々人の人生が歪められてしまっている現状への問題提起と解決策提示なのだ。

だから、この問題は言わば、沼倉裕さんにとっては、重要なテーマのひとつに違いない。

「日本は前近代的なムラ社会」などとわかったように言う人はいる。だが、実際にそうした「ムラ社会」を飛び出して、実際に自分で「個の社会」を体験した人がどれだけいるだろうか?

皆で同じことをして、頭一つ抜け出した誰かをツブして「みんな一緒」とぬるま湯につかってきた人が大半ではないだろうか?

おそらく「個の社会」で生きていくのは、日本人にはとくに想像以上にキツいはずだ。

沼倉裕さんは「行動の人」「実践の人」である。日本社会の「みんな一緒」的な空気に納得できずに、アメリカで暮らしていた。

様々な人種が集まるアメリカでは、ひとりひとりが個性的な価値観を持っていて、日本人同士のように「言わなくてもわかるよね?」みたいな関係は成り立たないのだろう。

自分の意見をきちんと伝えないと、相手に理解してもらえず、したがってコミュニケーションが成立しない。そんな環境なのだと思う。

違った意見を言った時点で、対立が発生してしまう、日本のような社会と違って、相手の意見が自分とは違うことが当然の社会では、論理的な議論が成立し、相手の意見や価値観が自分とは違う事実を認めることができるに違いない。

そういう社会を実際に体験してきた沼倉裕さんにしてみれば「相手の顔色を窺ってしまう」日本社会というのは、やはりどこか違和感があるのかもしれない。

「夢を実現する」ということは、自分の価値観を現実のカタチにするということだ。その価値観に反感を持つ人も当然、いる。だからそうした人たちに嫌われることを恐れていたら、絶対に「夢」は実現できないわけだ。

「成功」するためには、ときには嫌われる強さを持たなければならないのだなあ、とあらためて実感した次第である。